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2006年05月12日
厚生労働委員会と内閣委員会
本日は、9:30~17:00まで厚生労働委員会、9:00~15:00まで内閣委員会と、所属する委員会の審議時間が重なってしまい、両方を行ったり来たりの一日でした。
厚生労働委員会の方は重要法案である医療制度改革関連法案を審議しているので、万が一にも定足数が足りなくなったりしないよう、神経を使います。
委員会の合間を縫って、12:15から党の会議、内閣部会に参加しました。本日の内閣部会では皇室典範改正問題について、男系維持の論客である八木秀次先生のお話を伺いました。
何故天皇家が特別の地位を与えられているのか、それは天皇家に正当性があるからですが、その正当性はどこからくるのかといえば、125代、2000年、他の家では決してありえない男系を維持してきたからにほかなりません。
そうでなければ、普通の家と一緒になってしまうわけです。正当性という観点から男系維持が必要だと改めて感じた講和でした。
投稿者 kiharaseiji : 2006年05月12日 16:57
コメント
時々ブログを拝見しています。 私はあなたの選挙区に住んでいないので、以下私が書くことは、ウェブ上に書かれたことを拝見した限りの感想だということをお断りしておきます。
「改革を進めよう」をスローガンに選挙に出られて当選されたあなたが、最近のブログやお書きかえになった基本政策のメッセージの中に、「伝統」、「正統性」、「先祖代々の先人」などの言葉を頻繁にお使いになり始めたことについて、地元の有権者の方々はどう感じているのだろうと私は思っています。 何か変だぞと思い始めているのでしょうか。(私がそこに住んでいたら、そう感じるだろうと思うので)。 それとも、あなたの最近のその傾向は、地元の有権者の多数派の態度を反映されているのでしょうか。(そうだとしたら、私は非常に残念です。)
どちらにせよ、今日のブログに、八木秀次氏の男系維持論に納得され、その理由が、八木氏が主張されているように「125代、2,000年、他の家では決してありえない男系を維持してきた」という「正当性」だと書かれているのを見て、いたたまれなくなって書いています。
天皇家が「125代、2,000年の間、男系を維持してきた」ことを証明する客観的事実はどこにも示されていないと、私は聞いています。 客観的事実がない以上、これは信じるか信じないかの、イデオロギーの問題です。 例え、過去私たちが知る限りの間、天皇家が男系を維持してきたことが事実であったところで、何故それが「正当」と解釈されるのか、私には納得できません。「男尊女卑」というイデオロギーが入ってはじめて、男系を維持していくことが「正統」とされて「正当化」されるという理論が成り立つように私には思えます。あなたがおっしゃることは、「男尊女卑」が日本の家族制度の「伝統」で、国民の意識が男女平等に変化するにつれ、家族制度も男女平等のものにしていこうという傾向があるけれど、天皇家だけは他の家のように男女平等などに「侵される」ことなく、男尊女卑を維持していくべきだ、といっているように私には思えてなりません。
木原さんは、著書の中で、イギリスの本質について、「絶えることなく試行錯誤を繰り返して「進化」していく」と書かれ、その「変化に対する柔軟性」を高く評価されています。イギリスの同僚とは対照的に、前例を切ったり貼ったりしているだけのご自分に反省されたようなことも書かれています。 そのあなたが、最近になって、何故「伝統」や「先祖」にこだわり始められたのか、私にはあまり理解できません。
投稿者 Unknown : 2006年05月14日 09:37
貴重なご意見を頂戴しありがとうございました。
手違いにより、お返事が遅くなりましたこと、お許しください。
ご指摘いただいたとおり、拙著の中で、イギリスの本質について「絶えることなく試行錯誤を繰り返して「進化」していく」と書き、「変化に対する柔軟性」を高く評価させていただきました。そして、イギリスの同僚とは対照的に、前例を切ったり貼ったりしているだけのご自分に猛省をいたしました。
ただ、同時に、「(英国の)コモンローの発想の根本が「歴史を知り、歴史に学び、歴史を守る」ということだからである」、「(英国の)コモンローは、過去の英知と政治から独立した良心によって支えられている」点も強調させていただきました。
正に、英国の強みは、自らの伝統・歴史を護りながら、少しずつ少しずつ変化していくことにあります。コモンローとは、先人達が積重ねてきた叡知・判断を尊重しながら、その上に少しずつ判例を積重ね、漸進していくという姿と理解し、拙著に書かせていただいた次第です。
その意味で、伝統・歴史・過去があってこその「創造」であり「未来」であり、「改革」だと考えています。その点について、私自身は立場を変えたということは一切ございません。したがって、「改革を進める」ことについて、何ら変化があるものではありませんし、全力を挙げて改革に取り組む所存でいます。そして、改革の最大の課題が財政構造改革であると自負しております。その点、是非ご理解いただければと存じます。
そこで、皇室典範の改正についての議論です。私の皇室典範に関する考え方をもう少し詳細に述べると、以下のとおりです(以前、皇室典範についてのご意見をいただいた方に、返信させていただきましたものを貼り付けております)。
「皇室典範に関する有識者会議」は、「女性・女系天皇」の導入、「長子優先」を柱とした皇室典範の改定を提案しています。しかし、この提言については、以下のような観点から慎重な議論が必要と考えております。他方で、男子の皇族が限られているという現実もしっかりと直視する必要があります。仲間とともにじっくりと議論をする中で、よりよい答えを導き出していきたいと考えています。
第一に、我が国の皇室は、百二十五代、2000年の歴史を誇る世界に例のない皇室です。その皇位継承は「男系継承」という伝統に依って支えられてきていますが、その伝統を僅か10ヶ月、30時間の審議で拙速に改正してしまって本当によいのか。
第二に、これまでも「男系継承」の危機がありましたが、その都度様々な工夫によって危機を克服してきたにもかかわらず、今回、旧宮家の皇籍復帰や養子制度の活用などの方策について、十分な議論が行われていないのではないか。
第三に、男系継承、万世一系は、幾百世代もの先人たちが受け継ぎいできた日本人の価値判断であり、心の積み重ねであります。それを、ほんの僅か数十年の現代に生きる我々が変えてしまってよいのかという問題があります。歴史や伝統は守り伝えるべきものではないのか。
第四に、諸外国の王室との比較があります。諸外国では「女系・女性天皇」は一般的ではあります。しかし、我々が同時に考えなければいけないのは、諸外国、例えば英国では、王家そのものが交代してきているという事実です。言わば、王家を争って諸勢力が血を流し合ってきた歴史があります。我が国では、逆に、男系承継を連綿と続けることによって、皇室そのものが変わるということを避け、平和な日本を形作ってきたとも言えます。皇室は権力闘争の外に身を置き、権威の象徴として存続してきたという歴史的重みがあります。
今、我が国は、耐震偽造問題やライブドア問題など、倫理観・責任感の欠如という大きな問題に直面しています。欧米にはキリスト教が、中東にはイスラム教があります。言わば、非合理的、人間を超えた存在が世界中で認識されています。翻って我が国を見るとき、精神的支柱として依って立つものが欠如している状況です。そうした中で、神話の世界にまで通じる皇室の存在は、我が国の中に、人知を超えた非合理的存在として、一本の支柱を提供して頂いているとも言えます。
私は、男系の女性天皇を否定しておりません。また、尽くすべき手を全て打った後、女系天皇を論じることにも反対するものではありません。ただ、少なくとも私達が知る限りの歴史において天皇家が男系を維持し、男系を維持するために多くの努力をしてきたことを思えば、旧宮家の皇籍復帰、養子縁組など、まだまだ論じるべき手立てがある以上は、その努力を先ずはすべきではないかとの立場であります。
また、私は、決して「男尊女卑」の立場にたっておりません。私自身、役人時代に、女性の上司に多く仕えましたし、女性の同僚と多くの仕事をしました。また、学生時代には、テニス部において、男性部員も女性部員も分け隔てなく、練習を行ってきました。そもそも、私自身、男女平等の空気が支配するアメリカで幼少を過ごし、同様にオランダやイギリスでも暮らしてきました。もちろん、男性、女性、それぞれに固有の役割があると思っていますが、男尊女卑の立場ではないこと、ご理解いただきたいと存じます。
以上、雑駁ですが、頂戴したご意見に対するお返事とさせていただきます。
今後とも宜しくお願いします。
木原誠二
投稿者 kiharaseiji : 2006年05月22日 18:26