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2007年08月26日
〈青葉夏祭り、八雲神社祭礼、そして阿波踊り〉
本日も各地で夏祭りが開催されました。まず午前中は東村山市青葉町「第37回青葉夏祭り大会」でのお神輿。
午後は清瀬市下清戸「八雲神社祭礼」に参加し、こちらでも御輿を担がせていただきました。日差しが厳しい中、地域の皆様と一緒に汗をかかせていただきました。
夜は、東久留米市滝山の阿波踊りへ。多くの阿波踊りのグループが地域内外から参加し、最後にはお客さんも交えての踊りもあり、大変熱気溢れるお祭りでした。
投稿者 kiharaseiji : 22:54 | コメント (0)
2007年08月25日
〈少年野球大会開会式とお祭廻り(夏の風物詩)に奔走〉
本日は、地元でいつもお世話になっております少年野球3団体の開会式が各地で開催されました。
もうそんな季節なんだなぁと思うとともに、私も野球少年でありましたので、我武者羅に練習していた自分を振り返り、子どもたちのように、初心に帰って精進して行かなければと思いを新たにしました。
また、お祭にも参加させていただき、まず向原団地盆踊り大会ではカラオケにエントリーさせていただきました。いつも大勢の聴衆の前で演説等をしておりますが、カラオケとのなると大変緊張しました。
(歌には自信がありますが・・・)
次に、武蔵村山市観光納涼花火大会開会式に出席しました。この会は、地域と行政が一体となった行事であり地元だけではなく、近隣の市町からも大勢の方々が参加しておりました。また、皆様と一緒に花火を堪能させていただきました。
最後に、東村山市南台商店会盆踊りに参加いたしました。ここでは、地域の皆様と盆踊りをさせていただきました。
カラオケ・花火・踊りと夏の風物詩廻りでありました。
投稿者 kiharaseiji : 23:10 | コメント (0)
2007年08月15日
〈終戦記念日〉
終戦から62年。今年も終戦記念日を迎えました。
11時から「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の一員として、靖国神社に参拝したのち、12時から武道館での全国戦没者追悼式に出席させていただきました。
靖国神社では、「靖国で会おう」と散っていかれた多くの先人の思いに心を致し、哀悼の誠を捧げさせていただきました。今、我々がこうして平和に豊かな生活をさせていただけるのも、皆様のお陰様。私の家族も、祖母の二人の弟がフィリピン沖で命を失っています。私にとっては大叔父に当たる二人、ともに20歳前後の若さで散ったわけです。最後の戦いに出る前に、母が自分の死後、思いを残してはいけないと、全ての手紙を焼いたという大叔父です。家族を、そして祖国を守らなければという使命感で散った命の一つです。
子供の頃から靖国神社に参拝させていただいてきましたが、今年も、国民の一人として、感謝の思いと、そして二度と戦争をしてはならないとの思いを新たにさせていただきました。
また、全国戦没者追悼式では、天皇・皇后両陛下をお迎えして、三権の長が参加しての厳かな式典が行われました。
平和への思いを新たにした一日でありました。
投稿者 kiharaseiji : 20:45 | コメント (0)
2007年08月07日
〈参議院選挙を終わって〉
参議院選挙が終わって1週間が経過しました
自民党の歴史的大敗、何よりも東京選挙区での保坂三蔵候補の落選というショックからなかなか抜け出せずにおりました。
何故、負けたのか・・・。年金問題、度重なる閣僚の失言、敗北の原因が色々指摘されます。いずれも、自民党に対する逆風につながったのは間違いありません。
しかし、こうした個々の問題は当然として、今回の選挙戦を振り返ると、街頭演説や街頭でのビラ配りなどで感じたものは、自民党に対する冷めた視線でした。怒りの爆発というよりも、怒りにも到達しない、冷めた目でした。
それは、責任政党でありながら、戦後を担ってきた政権与党でありながら、責任回避と責任の押し付けが目立つ自民党に対する厳しい視線とも言えます。
年金問題を例にとれば、もちろん年金記録の問題は社会保険庁の職員、自治労に責任があることは論を待たないわけですが、政権与党として野放しにしてきた自らの責任をしっかり総括できなかった我が党に対し、「何を今更・・・」という目が向けられたものと思います。
正直、この状態は深刻。恋人同士でもお互いが熱くなって喧嘩した場合は、自然と元に戻ることも可能ですが、冷め切ってしまった思いを元に戻すのは大変です。しかし、借金まみれの我が国、少子化が異常な速度で進行する我が国にとって、時間を浪費している余裕はありませんから、国民の声に真摯に耳を傾けながら、責任ある政治を自民党が担っていかなければなりません。頑張ります。
投稿者 kiharaseiji : 00:16 | コメント (0)
2007年08月06日
〈原爆の日の朝、平和の尊さを思う〉
原爆の日の朝、8時15分、地元事務所に向かう前の自宅で、黙祷。あらためて平和の尊さを思う一瞬でした。
今、我々は、日本は、日米同盟の固い絆の中にあって、平和を享受しています。核兵器を保有しようとの意思を示す北朝鮮、軍事力を増強し続ける中国という不安定要因を抱える北東アジアにあって、日本の安全を守っていくためには、日米同盟は今後も維持していかなければなりません。しかも、我が国と米国は民主主義、自由主義といった基本的理念を共有するパートナーでもあります。
しかし、同時に、その米国が我が国に核兵器を投下、未曾有の殺戮を行ったことも忘れてはならない、そして、唯一の被爆国として、我が国は今後とも平和主義、不戦の誓いをしっかりと守っていかなければなりません。
そして、今朝は、嬉しいニュースがありました。私自身も微力ながら一生懸命取り組んできた「原爆症の認定基準」について、政府が見直しを検討することとなったのです。既に、原爆症の認定基準については、各地の裁判で国が敗訴を続けています。何の責任もない被爆者の皆様が依然として苦しんでいる状況を早急に改善できるよう、今後とも行動を起こしていきたいと思います。