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2008年05月11日

〈後期高齢者医療制度について、そして週末〉

10日(土)は、朝9時から清瀬青年会議所主催の「わんぱく相撲清瀬場所」に出席。まわし締めたわんぱく力士のかわいらしい姿にほっとしながら、元気な取り組みを見させていただきました。その後は、東村山けやき会後援会の総会などに出席。

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11日(日)は、午前中、東村山民謡連盟・35周年記念公演に出席、午後は日本民謡教会むさし野支部のチャリティーショー、清瀬中里自治会総会などにお邪魔しました。そして、夕方は東村山で国政報告会。その中で、多く質問をいただいたのが、やはり後期高齢者医療制度のこと。

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国会で賛成票を投じた一人として、あらためて責任を痛感します。他方で、私を含め当時賛成票を投じた議員が、手のひらを返したかのように、制度の根幹そのものを批判するのにも違和感を覚えます。「少子高齢化の中で、制度の持続性を保ち、国民皆保険を堅持する」という改革の理念は正しかったと信じています。ただ、主に4点について反省すべきと思っています。第一に、「前期・後期」の名称など、高齢者の皆様の心情に対し配慮が欠けた面があったこと。第二に、年金天引きの導入。天引き自体は高齢者にとっても便利ですが、選択制にして、高齢者自身にご判断いただくべきだったと思います。第三に、保険料率を都道府県単位で統一した結果、一部の市町村で実施してきた減免措置がなくなり、低所得者の保険料負担が予想に反して増加している地域があること。第四に、説明が十分でなかったこと。こうした反省点については、早急に改善作業に取り組んでいきたいと思います。そして、この取り組みを通じて、次のような制度そのものの意義・利点について、ご理解を得ていきたいと思います。


第一に、少子高齢化が更に進展していくなかで、支え手世代・働き手世代の負担が極端に重くならないよう、一定程度(1割)を高齢者の皆様にご負担いただくことは、制度全体の維持のために不可欠であること。

第二に、市町村単位の運営では財政的に不安定であり、都道府県単位に広域化することで、運営を安定化でき、市町村毎の保険料の格差もかなり是正できること。

第三に、75歳以上の方を別扱いしているという批判についてです。実際には、従来も75歳以上の皆様には別立ての老人医療制度が用意されていました。ただ、世代間の調整あるいは税金の投入割合などが、必ずしも明らかではありませんでしたので、今回、税金5割、働き手世代4割、高齢世代1割という負担割合を明らかにし、75歳以上の方を支援すべき皆様として明確に位置づけたわけです。

この明確化は、将来を見据えると大変重要です。これが第四点目です。高齢になれば、自然の道理として、調子の悪いところがどこかに必ず出てきます。若い頃と比べれば、治癒するのに日数もかかります。つまり、一部の人がたまに体調を崩し、その費用を全員でカバーするという保険の原理、「共助」の原理が働きにくくなるわけです。それでも、保険の原理を無理に働かせようとすれば、若手の負担が過重になります。むしろ、今後は、高齢者の医療に税金を集中投入して、「公助」の原理をより働かせる必要があるのではないでしょうか。その場合、従来のように制度がごちゃ混ぜでドンブリ勘定では、税金を集中投入しようとしてもできません。

見直すべきは見直し、良いところは勇気をもって説明をし、皆様にご理解いただけるよう努力してまいります。


ところで、野党は「廃止しろ」というだけです。しかし、現在9%の75歳以上人口が2025年には18%となるなか、高齢者の8割が加入してきた国保の多くは既に深刻な赤字を抱え、若手世代の負担も限界に近づいているのは、変えようのない事実です。単なる廃止(元に戻せ)は、最も無責任な対応です。

投稿者 kiharaseiji : 23:28 | コメント (0)

2008年05月05日

〈子供の日、木登り、教会巡り〉

今日はこどもの日。地元の会合に向かう途中、所々で鯉のぼりに出会いました。今朝の新聞を見ると、15歳未満の子供の数は1725万人と過去最小となったそうです。1982年から連続して減少しているようですが、子供は宝物、皆な元気にすくすくと夢を持って大きくなってもらいたいなと思います。

さて、地元廻りの途中、公園で少し休憩しながら、私が子供のころはどんなだったかなと、ボーっと思い出していました。

幼稚園から小学校2年生までは、横浜桜木町にあった社宅に住んでまして・・・。大きな団地の中だったので、何号棟だったのかな、忘れてしまいましたけど、6畳と4畳半のかわいらしい家に家族4人。桜木町駅西の方の伊勢山と呼ばれる山の手の森の中にある団地で、とにかく毎日木登りばかりしていたのを思い出します。とにかく木登りの天才でしたね。どんな木もドンドン登っていましたから・・・。そして、毎日どこか怪我をしていました、あの頃は。

そういえば、ある日、庭師の人たちがきていて、休憩しているところに、「おじさん何しているの」と言ったらジュースをくれたのを、どういうわけか覚えています。それを母親に伝えたら、「これもっていってあげて」といわれて、リンゴだったでしょうか、果物をおじさんのところに持っていったのを、これまたなぜかよく覚えています。ほのぼの、のんびりしていましたね、あのころは。今の子供たちにも、木登りや森の中の冒険、そんな体験たくさんしてもらいたいなと思います。

あと、私にとっての子供時代のもう一つのよい思い出は、小学校3年生のときにオランダに転校して、毎週、父親に各地の教会につれていったもらったことです。特に、ケルンの大聖堂を見たときの感動はというか、震えは今でも、体が覚えています。100メートルを超える教会の塔を下から見上げて、その先に青空が塔のまわりをグルグル回転するような・・・、あの光景は目にやきついています。私は仏教徒ですけど、「ああ、神様っているんだ」って子供ながらに思いました。その感動があって、父親に毎週末、どこかの教会につれていってもらって、教会日記を書き続けました。3~4冊になるでしょうか。私の宝物ですね。

 そんなことを思いながら公園にいたら、雨がパラパラ、それにしても今年はよく雨が降ります。

投稿者 kiharaseiji : 22:21 | コメント (0)

2008年05月03日

<憲法フォーラムにパネリストとして出席>

今日は憲法記念日。日本青年会議所関東地区協議会が主催した「憲法?私、興味ありませんから!」にパネリストとして出席してきました。他のパネリストは、社民党の保坂展人さん、民主党の小宮山泰子さん。

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憲法施行から今年で61年。昨年には憲法改正の具体的手続きを定めた国民投票法が成立しています。しかし、残念なことに、憲法論議は必ずしも盛り上がりを見せていません。その意味で、青年会議所がこうして憲法論議を深めようとフォーラムを開いてくださったのは、素晴らしいことだと思います。私がフォーラムの中で申し上げた点は、大まかには以下のとおりです。

①  憲法はこの60年で、大きな役割を担い、しっかりと国民の間に定着してきた。現在の平和も経済的繁栄も、この憲法があって初めて可能となったものである。したがって我々は、この憲法の基本的理念、つまり基本的人権の尊重、国民主権、平和主義は今後とも堅持しなければならない。

②  したがって、占領下で作られたなどの制定過程に問題はあったとしても、そのことだけをもって直ぐに改正ということにはならない。大切なことは、憲法の何を堅持し、何を変えるべきなのかをしっかり整理し、国民的合意を得ること。

③  60年を経て、憲法が時代にそぐわなくなっている面があるのは事実。そもそも、制定当時、インターネットの出現やこれほどの環境破壊は想定されていなかったはず。その意味で、新たな権利としてのプライバシー権や環境権などは、しっかりと憲法に組み入れていくべき。

④  諸外国では、アメリカで20回近く、ドイツで40回以上、スイスでは100回以上、憲法改正を繰り返している。憲法は国の姿かたちを示すものである以上、我が国も時代に応じて憲法を少しずつ直していく必要がある。

⑤  議論すべき点は、国会のあり方(二院制のあり方など)や新たな人権(環境権など)、多々あるが、今日は憲法9条について議論するということ。憲法9条制定当時の状況は、「敗戦後」、「占領下」、「冷戦下」という特殊なものであった。その特殊な状況下で、軍隊を持たないという決断があった。しかし、その後、状況は大きく変わり、我が国は世界有数の自衛隊を持つ状況にある。この自衛隊が「戦力」ではなく「軍隊」ではないと強弁しなければならない状況は、国際社会に全く理解されない。自衛隊が憲法においてしっかり位置づけられていなければ、その存在は不安定でかえって危険。しっかりと位置づけるべき。

⑥  また、憲法9条は、いわゆる国対国の戦争、有事における軍事力を想定している。しかし、軍隊は戦争をするためだけにあるわけではないし、平時における軍事力のあり方も考えておかなければならない。我が国が一方で「国際社会で名誉ある地位を占める」のだと宣言している以上、PKO(国際平和協力活動)などにより積極的に参加していくべきであり、これらも憲法の中にしっかり位置づける必要がある。

⑦  (他のパネリストから)自民党の憲法改正案は復古的という批判があったが、憲法は国の姿かたちを表すものであると同時に、その国の歴史や文化・伝統を表すものでもある。だからこそ、敗戦・占領という我が国の歴史を示す憲法として現憲法の基本理念はしっかり堅持していかなければならない。しかし、日本の歴史は戦前戦後のほんの一時期だけではない。我が国には2000年に及ぶ歴史があるのであって、その歴史の中で培われた国民性や伝統や文化を、一定程度憲法の中で書きとめることは重要なことではないか。

⑧  いずれにしても、憲法を国民の皆さんに身近に考えていただくようになるには、どうしたら良いかを考えていかなければならない。私は、例えば、高齢者の皆さんが「老後を安全に生きる権利」であるとか、若い世代が「借金を背負わされない権利」などといった形で、それぞれの身近の問題を憲法改正によって是正しようとしたら、どういうことになるかを考えてもらうのが一番良いのではないかと思う。

⑨  また、私がイギリスで働いたことに知ったことは、Constitutionという憲法を表す英語。このConstitutionは国の憲法を表すだけではなく、学校や病院や企業などにおいても○○中学校のConstitutionという形で使われるわけです。日本でも△△高校の憲法といったように、様々な場面で「憲法」という言葉を使っていただくことも重要だと思っている。

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投稿者 kiharaseiji : 23:46 | コメント (0)