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2008年07月20日
〈責任を取ったのか〉
本日も、朝から、東久留米の川祭り、
清瀬日枝神社での獅子舞、東久留米門前のお祭り、など各地の行事に参加させていただきました。
その会場の一つで、60台の男性から受けた質問。「宙に浮いた年金記録、無駄な保養所建設、こんなことして誰か責任を取ったのかね」。全くおっしゃるとおりです。結果として、誰も責任をとっていません。
官僚制は無謬性、自分たちは間違いを犯さないということを大前提になりたっています。その上、官僚制は匿名性を前提としています。間違いがあっても、それを間違いと認めず、しかも匿名性の壁の前で責任追及も難しくなっています。この状況は直していかねばなりません。
最近も、奇妙なことがありました。5000万件の宙に浮いた年金記録で大きなミスを犯した社会保険庁は、2010年に組織を大幅に改編して、非公務員型の「日本年金機構」に移行することが決まっています。そして、移行後の新組織の業務運営の基本計画を厚生労働省が決定しようとしていました。ところが、この基本計画では、年金記録問題や、それ以前の年金記録の覗き見問題、年金不正免除問題などで処分された職員まで、新たな組織に移行できることとされていました。こんなことはあってはならないことです。何のための処分であったのか、責任を取ろうとしない体質そのものです。多くの自民党議員が反対をして、この方針は撤回されることとなりました。
自民党と厚生労働省・社会保険庁との激論の過程で飛び出した、社会保険庁幹部の言葉が今でも鮮明に残っています。「職員は既に処分を受けています。これで新組織に移れないということになると、二重の不利益を被ることになります」。何を言っているのか。「不利益」を被っているのは、国民です。この感覚を直さないことには、真に国民のための行政などできようはずもありません。
初老の男性の「誰か責任を取ったのかね」という言葉、国民の皆様の素直な思いと思います。官僚組織の無謬性、匿名性、今後真剣に考え直していかねばなりません。
投稿者 kiharaseiji : 2008年07月20日 23:06