2009.10.24
昨日とはうってかわって、寒空の土曜日。朝から、少年野球の開会式に出席して、先ほど家に戻ってきました。温かい味噌汁を作って、今パソコンの横ですすっています。
今日は、各地で農業祭や福祉祭りがあり、これから出かけてきます。
昨晩は、ひょんなことで、昔の財務省時代の先輩とバッタリ遭遇しました。皆さん、私の前途を案じてくださいましたが、そのうち話題は郵政社長人事のことに。
そこで、私の考えをちょっと。
「ちょっとおかしいんじゃない?」、率直な感じです。
斎藤次郎さんは、私が役所に入ったときの次官、雲の上の存在です。「最後の大物次官」とか「10年に一度の大物次官」などと当時から言われていましたから、私などには知る由もないくらい、能力識見は申し分ないのだと思います。
でも、ちょっと待って。
当時の新聞報道などによると、「国民福祉税構想」なるものを、当時の細川首相や武 村官房長官などの頭越しに主導したのが、斎藤次郎さんだと言われています。「最後の大物次官」という称号が物語るとおり、正に、官僚主導の象徴のような方とも言えます。政治主導を掲げる民主党政権には最も相応しくない方のように思えます。
というよりも、官僚のエゴで一つの政権をつぶした大物官僚を迎え入れるのは、民主党だけでなく、日本の政治全体にとって、そして官僚組織にとっても、決してよいとは思えません。時計の針を戻してはいけない。
そもそも、かつて、日銀総裁人事で、「財務省出身者は絶対にだめ」ということで、民主党が人事案をことごとく否決したのは何だったのか。リーマンショック、経済危機の真っただ中にあったにもかかわらず、「脱官僚」を優先して、日銀総裁に空席まで生じさせた、あの姿勢は何だったのかと感じます。
当時、このブログでも書きましたが、「役人出身だから」とかいいうのは本質ではなく、適材適所かが問われるべきです。その意味では、日銀総裁人事のときの武藤敏郎さんは、財務省出身とはいえ、日銀副総裁を数年間にわたって勤めていましたし、経済政策の両輪である財政政策と金融政策の両方に精通していました。政治に左右されがちな金融政策において、政治とのパイプも申し分ありませんでした。正に適材適所だったように思います。
しかし、今回事はどうなんでしょう。もし、郵政民営化をやめて、もう一度官営にしようというのであれば、退官後15年もたって官の世界から久しく遠ざかっていた方ではなく、より若いOBを指名すればよかったと思いますし・・・。引き続き民営化路線は堅持していくということであれば、やはり官僚OBは適切でないように思います。とりわけ、斎藤さんは、取引所という社員も少ない市場の運営会社の経験しかなく、数十万人の社員、巨額の資産を誇る郵政会社、市場のプレーヤーを運営していくには、適材適所とはいえないように感じます。
ということで、じっくり見守りたいなと思います。
でも、時計の針は戻してはいけない。
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木原誠二について
木原 誠二
衆議院議員・自由民主党 第20区支部長
自民党選挙対策委員長
5つの基本政策