自由民主党・衆議院議員
木原誠二

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ブログ

2008.01.01

仕事に燃えた大蔵・財務省時代

大蔵省・財務省時代(1993年~2005年)


「世の中の役に立ちなさい」祖母の思いを実現できる職場の一つとして、大蔵省(当時)を選択。最初に配属された証券局では、バブル崩壊で資金繰りが苦しくなった証券会社の破綻に遭遇。
破綻処理に奔走しました。

その後、橋本政権の下で、財政構造改革法の制定に携わりました。
必死に、上司とともに、金融機関に資金拠出をお願いして回ったのが昨日のようです。
しかし、その財政構造改革法は、山一證券・日本長期信用銀行の破綻の前に、敢え無く凍結・廃止の憂き目に。景気が下降線に向かうときに財政再建を行うことの難しさを実感しました。
そして、今また、景気の下降局面で消費増税が…。

政治への意識の芽生え ~志を立てる~(1999年~2001年)

サッチャー元首相の一言が私を政治家に。

日本人初の交換職員として英国大蔵省に出向した際、サッチャー元首相にインタビューをする機会を得ました。
鉄の意思と指導力で、改革を断行し、英国経済を蘇らせたサッチャー元首相から、バブル崩壊後の日本に何かヒントを得たい、必死の思いでした。

サッチャー元首相は、「何かを維持・保守するためには、変革し続けなければならない」と「変革」の必要性を教えてくださいました。
また、「民主主義は長期的には間違わない。何故なら多数の国民の叡智が結集するから」と民主主義の優位性、官に対する政の優越を明確に説いてくださいました。

そして、政治は「信念を実現する最高の人間活動である」と。
「政治を志そう」私の政治への思いが本物になったときでした。

国際交渉の最前線で(2003年~2005年)


G7財務大臣会合準備会議やパリクラブなどの国際会議の場に、日本国の代表として出席し、国際交渉、外交の現場、現実、実態を体感しました。

「自らの存在感を高め、自らの主張に賛同してくれる仲間を増やし、反対する相手を減らす」、外交の基本を学びました。